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LIVE REPORT

Farmers Market
23rd May, 2004 at 渋谷エッグマン


ノルウェイのファーマーズ・マーケットはいつでも新鮮!楽器を知り尽くした名手達が音楽で繰り広げるウルトラCの数々。
開いた口が塞がらないほどの妙技に驚きとそして笑いが巻き起こる驚愕のステージ。



ファーマーズ・マーケットは、ノルウェーのマルチ・インストルメンタリストであるスティアン・カシュテンセンがお国のジャズミュージシャン達と結成したバンドで、その結成は91年にさかのぼる。その当時、トロンハイム音楽院のジャズ科の学生であった彼らは当初フリージャズを演奏していたが、やがてブルガリアの民族音楽の変拍子と即興性に惹かれるようになり、ジャズやポップス、そしてユーモアを交えた独自のスタイルを確立するようになっていった。94年にモルデ国際ジャズ・フェスティバルでのブルガリアン・ヴォイスのコーラス他を加えた特別編成によるライブ録音で95年にアルバムをリリースしている。その後サックス奏者であるホヴァルド・ルンド(Havard Lund)が脱退し、変わりに加入したのがブルガリアのトリフォン・トリフォノフである。この人の加入のいきさつが変わっているので紹介しておきたい。後任のサックス奏者の募集をしていたスティアン・カルステンセンがある日ブルガリアに凄腕のサクソフォン奏者がいるとの情報を入手。早速ブルガリアに住むトリフォン・トリフォノフが公衆電話からノルウェーに電話をし、そのまま1時間にわたって電話でジャムセッションを繰り広げたという。二人は大いに意気投合し、その場でトリフォンの加入が決まったのだそうだ。なお、トリフォンは今も愛する故郷ブルガリアに住んでおり、レコーディングやツアーの時のみノルウェーにいる他のメンバーと合流している。今回の来日もブルガリアから一旦ノルウェーに渡り、そこから日本へ飛んで来たとのことである。

さて、ライブは不思議な吟遊詩人、日比谷カタンのパフォーマンスで幕を開ける。この人はもともとはヘヴィーメタル系のギタリストであったのだそうだが、ジプシー・ギターの名手ジャンゴ・ラインハルトの演奏を耳にした日からその音楽に魅せられてその奏法をマスターし、さらに薄暗い不条理世界をテーマとした樂曲を作りつづけている異色のミュージシャンである。それこそジャンゴが弾き語りを奏でるような不思議さだが、その超絶的テクニックと狂人的センスで観客を大いに驚かせた。ささやく声から叫びまでめまぐるしく変わるヴォーカルと歌いながら弾いているとは思えない程の自在なギターが客席に襲い掛かってくるのである。また、夜の闇がそこだけ深くなったところに彼の痩せた白い貌が浮き出る様は江戸川乱歩や夢野久作の猟奇世界を彷彿とするに充分である。ところが曲の紹介などの語り口には軽妙な洒脱ささえ覗わせる。不思議なミュージシャンといって彼の右に出るものは多くあるまい。

しばしのインターバルの後、いよいよファーマーズ・マーケットの登場である。スティアンの奏でるカヴァル(Kaval)というブルガリアの木管楽器をリードにジプシー音階で駆け巡る高速ナンバーでステージが始まる。基本は7拍子と思われるが、随所にキメやリズムチェンジを配しているため何が何やらわからない。途中スティアンはアコーディオンに持ち替えるが、このアコーディオンがまた曲者である。イタリアの楽器業者に特注したもので、MIDIが搭載されており、ハモンド・オルガンの音も出せる変り種なのだ。そして演奏はと言えば技術的に非常に高度ながら思わず笑ってしまう楽しさに満ちたもの。ニルス・オーラフ・ヨハンセンのギターにはMIDIピックアップ(GK-2)がとりつけられており、ローランドのギターシミュレーター「VG-8」を使って、またALESISのエフェクト・コントローラー「airFX」と併せて多彩な音色を響かせる。トリフォンが東欧的フレーバーの見事なソロを展開する向こうで、めまぐるしく変わるリズムを巧みにリードするドラムスのヤール・ヴェスペシュタと5弦エレクトリック・ベースのフィン・グットォルムセンが信じがたいほど正確なグルーヴを叩き出しているのを目の当たりにすると、いったいこの人達はどうやって作曲し、そして練習するのか不思議に思えてくる。曲は即興的に数小節づつ「テイク・ファイヴ」やラヴェルの「ボレロ」のフレーズが顔を出し、ますます摩訶不思議な状態になりつつ突き進んで行き、これも信じがたいタイトさでエンディングへ向かう。

次はドラムスのラテン風なリズムで始まる曲である。スティアンはギターに持ち変える。二本のギターとサックス、ニルスのスキャット・ヴォーカルのユニゾンで中近東風なメロディーを繰り広げる。サックスがブルガリアン・ヴォイスの「Kalimankou Denkou」)で聴かれる印象的なフレーズをなぞったソロをとる。これもドラムスとベースのリズムとは違ったビートで演奏されるため、ポリリズミックな響きになっている。会場は大喜びで沸いている。ドラムスとスティアンのギターとの掛け合いデュオもやはりビートの違うリズムで楽しませる。再びサックスのソロを聞かせるが、これがまたブルガリアン・ウェディング・ミュージックの様に聞こえる長いフレーズをサーキュラー・ブリージング(サックス技法のひとつで口から息を吹き続けながら鼻で呼吸することで息継ぎをしないかのように聞かせるもの)で延々とつなげて行くのには驚きである。

続いてはスティアンのカヴァルとニルスのハーモニクス奏法のギターで始まる美しい曲である。フィンとヤーレのリズム隊はステージ後方でしゃがみこんでタバコ休憩である。スティアンはマイクの位置を変えることでカバルのブレス音が混ざる歌口部分とクリアな音色の管尾部とを使い分ける独特の奏法でソロを聞かせる。そしてやがてギター、サックスとのユニゾンとなり、ベースを加えた展開でエンディングに向かう。

次の曲ではニルスがホーミー(内モンゴル、トヴァ共和国に伝わる歯や口蓋などの共鳴音をつかった二重声唱法)のような唸り声を上げ始める。そしてアコーディオンに持ち替えたスティアンとの掛け合いボーカルに発展するが、ニルスのとぼけた歌と同時に弾く超絶的MIDIギターがアンバランスな不思議な可笑しさを醸し出している。ふざけているようだがサウンドコラージュに仕上がっているあたりはさすがと言うほかない。これも達人の技である。トリフォンは愉快にスウィングするサックス・ソロを聞かせてくれる。MIDIアコーディオンがオルガン・サウンドを奏で、ニルスのとぼけたスキャットでラウンジ風なコンテンポラリー・ジャズを展開する。これがまた逸品で、たどたどしく始まるのだが次第にジョージ・ベンソンもかくやとばかりのヴォーカル・ユニゾンのギター・ソロを披露するのだ。そしてスティアンのでたらめラブソング。ワムの「ラスト・クリスマス」まで飛び出す始末だが、ヴォーカルとオルガン・サウンドのMIDIアコーディオンとのユニゾンでさりげない速弾きも交えた驚きと笑いのごった煮ナンバーである。後半部のジプシー音階のジャムは凄まじいばかりだ。

(写真:右上 スティアン・カシュテンセン、左下 ニルス・オーラフ・ヨハンセン )


ここでメンバー紹介。アントニオ・カルロス・ジョビンとスタンゲッツの録音で一世を風靡した「イパネマの娘」に乗せてメンバーを紹介して行くのだが、その後トリフォンが二本のサックスで同時に奏で始めるのはビリー・ヴォーン・オーケストラのヒット曲、「浪路はるかに」(Sail Along, Silv'ry Moon)ではないか!そしてこれが目まぐるしいメドレーの幕開けであった。ブルガリアン・ダンスからラテン、ポルカやハードロックまですべて呑み込んだお祭り騒ぎであった。



次にスティアンがギターに持ち替えてワウを効かせた音でトリフォンとユニゾンで奏でる曲はラップランド民謡とジプシー音楽が混ざったようなこれまた不思議な味わいの曲である。中盤でアコーディオンに持ち替えてMIDIオルガン・サウンドでソロをとり、そして続けるのが「Hot Butter」の72年のヒットで知られる、ムーグ・シンセサイザーの草分けとして知られるガーション・キングスリーの「Popcorn」である。この曲は後にディスコバンドなども好んでカバーしたため、聞いたことのある人も多かろう。しかしファーマーズ・マーケットの演奏は9拍子である。ちょっとした所に並々ならぬ技量が顔を覗かせるのがこのバンドの凄いところである。そしてここでもドラムスとベースが心地よいグルーヴを生み出していた。

続いてトリフォンの泣きのサックスをブリッジにラップランド民謡らしきダンス曲へとなだれ込んで行く。反復するメロディーが5拍子とニ連3拍子を行き交い、11拍子のグルーヴを形成する。スティアンのカヴァルがフィーチャーされるとこれがジェスロ・タルのイアン・アンダーソン顔負けの凄まじいソロである。そしてインドのタブラの口述リズムも交えながらのドラムスとのデュオが続き、バンドが入ってさらに熱が入ったところで突き放すようにエンディングとなる。

次は2000年のアルバム「Farmers Market」から「Some Fag Rag」。コミカルな曲だがそれだけにバンドの技量が際立つようだ。スティアンのアコーディオンが自在に駆け巡る音のサーカスといった感じである。ニルスのMIDIギターはバンジョーの音を出している。そして例のごとくおとぼけヴォーカルが飛び出すが、このギターとスキャットのユニゾンは絶品といえよう。スティアンがギターに持ち替えてニルスと二人でのソロとなる。速いパッセージをさらりと引き流すところはさすがで、「ジョージ・ベンソンとジョン・スコフィールド、2大ジャズギタリスト夢の競演」といった趣きである。ドラムスはブラシで叩いており、いかにもといった雰囲気を出してくれている。可笑し味を湛えながらも見事なジャズ・セッションを繰り広げる様はまさに開いた口が塞がらないのである。

会場の熱狂的な声援に応えてアンコール。ジャジーなスティアンのギターに乗せてスポットライトを浴びたニルスがタバコをふかしながらマイク片手に歌う姿はパリの伊達男セルジュ・ゲンスブールか、はたまたフランク・シナトラか。そしてこれがまた実に上手いのである。スティアンはボリュームを最低に絞ったエレクトリックギターでソロを弾きながら、そのうち文字通りアンプラグド、つまりギターのシールド・ケーブルを引きぬいてしまった。会場は笑いをこらえて小さな音のギターに耳を澄ましている。これがまた味わい深いと感じさせるのもこの人の力量であろう。

続いてスティアンが子供のころ聴いていた曲のメドレーが始まる。スティアンのアコーディオンとトリフォンのサックスで沸かせるのだが、曲のつなげ方が絶妙なのである。出てきた曲の一部を挙げれば、「ピンクパンサーのテーマ」、「フリント・ストーンのテーマ」、坂本九のヒットで知られる「ジェンカ」、「20th Century Foxのテーマ」、「スーパーマンのテーマ」、ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」、ミュージカルのウェスト・サイド・ストーリーから「マリア」、アバの「ダンシング・クイーン」まで、はてはモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」やオッフェンバッハの「天国と地獄」、ラヴェルの「ボレロ」まで次から次へと出てくる懐かしのメロディーの数々。まさにファーマーズ・マーケットの本領発揮と言ったところだ。

(写真:左上 トリフォン・トリフォノフ )


一旦ステージを降りたメンバーだが鳴り止まない拍手に応えて三度ステージへ。インドの口述タブラで始まる上高速ジプシー・ダンス。これはもうジプシー・へヴィー・メタルだ。

まったく「開いた口が塞がらない」といった表現がこれほどぴったりと来るライブ・ショーも珍しいといえよう。恐るべし、ファーマーズ・マーケット。そしてスティアンの言うとおり、「ファーマーズ・マーケットはいつでも新鮮!」なのだった。

 
フィン・グットォルムセン ヤール・ヴェスペシュタ




Musicians:
スティアン・カシュテンセン
/ Stian Carstensen (Accordion, Kaval, Guitar)
トリフォン・トリフォノフ / Trifon Trifonov (Sax)
ニルス・オーラフ・ヨハンセン / Nils Olav Johansen (Guitar, Vocal)
フィン・グットォルムセン / Finn Guttormsen (Bass)
ヤール・ヴェスペシュタ / Jarle Vespestad (Drums)

レポート:Tatsuro Ueda
写真撮影:Yoko Ueda
取材強力:Office Ohsawa
, Shibuya Egg Man

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